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そうです。ここは、すべてのバランスが崩れた、恐るべき世界なのです。これからの30分。あなたの目は、あなたの身体を離れて、この不思議な時間の中に入っていくのです…。」

ウルトラQオープニング

 1966年(昭和41年)1月2日、日曜日、午後7時。不思議な物語を暗示するかのような渦巻くメインタイトルと、低くつぶやくような石坂浩二のナレーション。そして不気味なテーマ曲とともに空想特撮ドラマ「ウルトラQ」が始まった。

※ウルトラQのテーマ曲はご存知のように「ボンボンボンボン・・・・ボンボンボンボン・・と」印象的なエレキギターで始まる。

1966年当時は、エレキギターの大ブームであった。

円谷英二を代表とする円谷特技プロダクション(現、円谷プロダクション)が創り出した「ウルトラQ」の世界は、その登場するユニークで魅力的な怪獣たちの印象から、ウルトラヒーローの現れない、大人のドラマとして作られた。

実は、「ウルトラQ」の初期タイトルだった「UNBALANCE(アンバランス)」というタイトル名からもわかるように、当初は「トワイライトゾーン」<邦題:ミステリー・ゾーン>(1959-1964)、「アウターリミッツ」(1963-1964)といったアメリカのSFミステリードラマの影響を色濃く受けていた作品であった。

「アンバランス」として制作された「マンモスフラワー」「変身」「悪魔ッ子」「あけてくれ!」といったSF怪奇色の強い作品などに、その名残を見ることができるが、怪獣をもっと登場させて欲しいというテレビ局の強い要請を受け、制作途中で、その作風を怪獣路線へと変えて生きます。

しかし路線を変えてもその独創性は失われず、ガラモン、ペギラ、ラゴン、ケムール人といった今なお、人々の記憶に残る海獣たちが創造され、タイトルも「ウルトラQ」へと変更していくのである。

制作費も破格であった。当時の30分物のテレビ映画の制作費が約150万円から300万円の時代に、「ウルトラQ」は約500万円。また、通常のテレビ映画は16mmフィルムで撮影されるが、「ウルトラQ」は、劇場用映画と同じく35mmフィルムで撮影された。さらに、実質的な制作開始が1964年(昭和39年)9月で、本放送開始が1966年(昭和41年)1月2日。実に1年4ヶ月もの長い期間を経て、放送前に既に全28話*がすべて完成されているという、今では考えられない贅沢な体制で製作された

※放送遅延の実際の理由は、制作費高騰による高額なスポンサー料が災いしてのものらしいが、1965年末に、製薬会社である武田薬品が一社提供のスポンサーにようやく決定する事となった(→「零号版」フィルム参照)。

*「あけてくれ!」は、内容が難解という理由で、本放送時にはお蔵入りされたが、1967年(昭和42年)の再放送時に初放送された。

また、「ウルトラQ」では、当時の最新型のオプチカルプリンターが、実写と特撮の合成に効果的に使われている。東宝映画作品では、「マタンゴ」「モスラ対ゴジラ」から使われ始めた。

 このオプチカルプリンターは、当時、すでにその名を世界に知られていた円谷英二がアメリカのオックスベリー社より購入したもので、世界に2台しかない当時の金額でおよそ4,000万円もするものであった。


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