![]() |
映画マニアが作る、映画情報の総合サイトです。
作品,監督、映画史、雑学知識、リンク集の紹介。 おすすめのDVDの紹介映画のパロディーやお遊び。 ポスター展やシリーズ映画の特集等、随時開催。 | ||||||||
| HOME | CINEMA | DIRECTOR | HISTORY | KNOWLEDGE | PARODY | SHOP | LINK | BACKNUMBER | |
| 映画クイズ |
| 項目 | 内容 |
| 映画の発明って誰? | アメリカの人はエジソンが映画を発明したといいますが、一般に映画の発明は、フランスの リュミエール兄弟で、1896年にさかのぼります。では、なぜエジソン発明説がでるかというと、 エジソンは1894年にキネトスコープというのぞきからくりの映写技術を作り出して一人の人が 穴をのぞくと、そこに動く絵が見えるというものを作りました。同様の原理ですがリュミエール兄弟は 1895年に映写して複数の人に同時に見せるという技術をフランスで開発しました。 これがシネマトグラフと呼ばれるもので、映画が「同時に複数の人々がスクリーンを観る」という定義の上に 成り立つため、リュミエールの発明が映画の起源とされています。でも、今のフィルムについている横の穴 (パーフェレーション)はエジソンの発明です。しかし、映画の技術は1840年から1900年にかけて徐々に完成されたものです。 |
| 映画字幕について | 日本でトーキーの外国映画が公開され初めてのは昭和4年頃からです。現在の、字幕スーパーが つけられるようになったのは昭和6年の「モロッコ」からで、それまでは説明者が画面を見て説明していました。 画面に出す字幕の数は1行10字で、2行を原則にしています。人間が1秒に2から4文字読めるという 理論を前提にしています。また、字幕に使われる漢字には独特なものもあり、字幕作成者が都度作っている漢字もあります。 当然、辞典の常用漢字表の略字欄には載っていませんが、現在、知らず知らずに映画字幕からできた略字を使って いることがあります。たとえば、「門」という字の略字などが代表的なものです。 |
| 映画のフィルムのコマ数って | 今や、ビデオやDVDが映像記録の主流ですが、映画はご存じのように、映画フィルムに 一コマ一コマ記録され、それが連続して流れることで、動きとなって表現されます。 では、一秒間にそのコマ数はいくつかというと、それは人間が、今見た映像を覚えておけるのが 約十六分の一秒と考えられているので、それを基準にして、トーキーでフィルムに焼付けられる 音がスムーズに再生することができることを考慮して一秒間に二十四コマに決められています。 従ってアニメーションを作る場合は一秒間の動きのために二十四枚の絵が必要ですが、それは大変なので 通常は十二枚の絵を一秒間の動きにして描いています。でも、ディズニー映画は一秒間の動きのために、 二十四枚の絵を描くという贅沢な作り方をしています。これをフルアニメーションといいます。 |
| スクリーンサイズについて | 映画発生期は縦横比1対1.33、すなわち黄金比率がもっとも安定したサイズとしてこの比率を基本にしてきました。しかし、テレビの普及に 伴い、1937年にパリ万博でフランスのアンリクレディアン教授が考案したアナモルフィックレンズにより、20世紀フォックス社がワイドスクリーンを 映画館に持ちこむ。当然、テレビにない迫力を伝えるワイドスクリーンは観客を魅了し他の映画会社も特許にふれないようそれぞれ独自の工夫を凝らした ワイドスクリーンを作り公開した。このため様々な形態の縦横比率のあるワイドスクリーンがうまれた。代表的な物は1対2.88のシネラマ。 1対2.35のシネマスコープ、1対2のトッドAO、1対1.85のビスタビジョン等である。その中で、1対1.8が一番見やすいとされて 現在はこのサイズが主流となっている。余談ですがシネラマは中でも特殊で3台のカメラで撮影したのを3台の映写機で写し、スクリーンも帯状の物を何百本も 貼った特殊な劇場で上映されました。日本では東京のテアトル、大阪のOS(立て替える前のOS)、名古屋に劇場がありバスの観光コースにもなりました。つい最近まで 一般の映画を上映していましたが今はすべて新館になっています。残念。「2001年宇宙の旅」や「ベンハー」「スターウォーズ」などはこのスクリーンで見ると最高でしたが。 また、本物のビスタビジョンは一番美しい映写効果が得られますが費用がかかるため、また、パナフレックスという質の高いカメラができたので、今はパナビジョンというのが 主流です。映画をエンドクレジットまで見ると必ずほとんど「PANAVISION」の文字が出てきます。 |
| コメディーはアカデミー賞作品賞は取れない | 第一回アカデミー賞は1928年。作品賞の受賞は戦争映画「つばさ」でした。 同年の作品で秀作と誰もが 評判にしていたのは、チャップリンの「サーカス」でしたが、ノミネートすらされませんでした。そこには 映画製作に資金を提供する当時の投資家たちが、コメディーを軽視していたためという事実があります。現実には 草創期のハリウッドを支えたのは、才人マック・セネット率いるキーストン社のコメディーだったわけですが。 そのことをわかってか、アカデミー協会は、コメディー監督賞なるものを作り「美人国二人行脚」のルイス・マイルストン の業績をたたえたこともその辺にあるかもしれません。 とはいえ、その後も現在までコメディー作品の受賞は 難しいというオスカー伝説は第一回から始まった。 いくら有名な映画賞といえども様々な利害や偏見が 入り組んでいることには変わりなく、ひとえに・・・賞受賞作品でなくても、また、日本で公開さえもされていなくても すばらしい映画はたくさんあることは忘れないようにしてください。その辺も順次ご案内してきます。 |
| 3D映画は意外と古い | 立体映画は映画そのものの誕生と同時に生まれています。英では1889年に、また米
のエジソン社も1893年に立体期ねとグラフの特許を申請しています。一般的に知られている赤と黒の二色フィルター
を使うアナグリフ方式は1853年に原理が作られ、最初の映画は1903年の「列車の到着」です。その後、
シャッターを用いたオルタネート方式や偏光フィルターを使う方式も生まれました。ソ連ではメガネを必要としない
レンチキュラー方式が開発されました。また、擬似的に立体感が得られる「ブルフリッヒの振り子」という
現象を利用する方式もあり、テレビアニメやDVDに使われています。 立体映画は誕生以来ブームを繰り返しながら コンスタントに作られ、一般映画のみならずUSJのTー2・3DやTDLのキャプテンEOなどのアトラクション やIーMAXなども作られています。アダルトビデオ業界でも流行したことがあるので興味?ある方は捜してみては・・ |
| チャップリンのあのいでたちと芸風にはお手本がある。 | チャップリンといえば、あの山高帽とステッキを手にした紳士の姿であるが、あの姿には
お手本があります。 フランス映画サイレント期のコメディアン、マックス・ランディです。 舞台小屋の芸人から 映画界に転身した彼は1905年に映画デビュー、たちまち評判となった。 彼の作品は世界各地で上映され、 1912年には世界一ギャラの高い俳優となる。彼はハンサムながら次々とトラブルに巻き込まれるどたばた喜劇 が得意で、自ら監督脚本も手がけ、チャップリンに多大な影響を与えた。 しかし、第一次大戦の従軍で体をこわし、ハリウッド進出にも失敗した彼は1925年に自殺した。 |
| アカデミー賞が初めてオスカーと呼ばれたのは? | 1933年の第6回からアカデミー賞で初めてオスカーという名で報道された。 シニカルな切り口で人気のコラムニスト、シドニー・スコルスキーが「オスカーを手中にしたのはキャサリン・ヘップバーン」とかいた。 「アカデミー賞の紳士気取りにはうんざりしていた。で、せめてあの黄金の像を人間らしくしたかったのだ」と、たまたま見たボードビルの舞台で コメディアンが尊大なオーケストラの指揮者に「葉巻でもどうだい、オスカー」と呼びかけたギャグからいただいたものだという。 ただし、この説には別説もあるので・・・・ |
| おもしろいもの探していますので |
| HOME | CINEMA | DIRECTOR | HISTORY | KNOWLEDGE | PARODY | SHOP | LINK | BACKNUMBER |