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今注目の韓国映画。その背景について
「シュリ」に始まった韓国映画ブーム。31日より公開される「ラブストーリー」も非常に期待度が高い。また、TVドラマ「冬のソナタ」 が日本の若者に受け入れられ、今、韓国が注目されています。
今回の特集は、そんな韓国に焦点を当ててみました。

外国映画を見るときにいつも言っていることですが、国柄も違うので、絶対にその背景を知らないと、本当に感動したり、考えたりできないものです。
前述した映画やテレビドラマが作られる昨今の韓国は、どういう文化で、またどういう歴史をたどり、今どういう状況にあるのか。 どうして、これほどに素晴らしい作品が生まれているのか。

そのあたりを、韓国の過去や現在の状況を紹介すると共に、これからも優秀な作品が輸入され、鑑賞されるにあたり、その背景の知識を 少しは知っておいてほしいので、今回の特集をしました。

ちょっと専門的なところもあるので、興味のある方はじっくり読んでみてください。
そうでない方はそれなりにどうぞ。

でも、知っておくと、今話題の韓国ドラマがもっと楽しめますよ。
韓国の国柄と文化
■人口

人口は大都市に集中しています。 男女共に初婚年齢が高くなっていて、若い女性の未婚率も高くなる傾向にあります。
出生性比は、緩和されつつありますが、まだ不均衡な状態です。

平均寿命については、1997年の段階では74.4歳(男:70.6歳、女78.1歳)で、1971年より12年延びています。
ちなみに、日本の平均寿命は1999年時点で、男:77.1歳・女:83.99歳となっています。
本格的な高齢化社会に突入、2022年には14%を上回り高齢社会に入ると予想されています。

韓国語

韓国語は素材に対して敬意表現を行うかどうかが話者と素材との関係だけで決まる「絶対敬語」です。
日本語は自分の身内に関して他人に言うとき、「きのう、大阪から母が来ました」のように敬語を使つかいません。
しかし、韓国語では自分の身内のことを他人に言う場合でも、目上の身内については「きのう、大阪からお母さんがいらっしゃいました。」のような敬語を使います。
上下関係が心理的距離より優先されます。
謙譲語は、現代の韓国語には語彙のレベルでいくつかの語があるだけです。

■家族形態の変化

まず、家族の規模が縮小されていて、現代韓国の家族は日本と同じく夫婦と子供という核家族的構成をもつ世帯が多数を占めています。

高齢者だけで暮らす世帯が増えています。
これは長男夫婦との同居を当然視してきた家族規範が変化してきているからです。

「週末夫婦」というのは子供の教育問題などで夫が職場のある地域に単身で赴任し週末に家族のもとに戻るというライフスタイルをいいます。子供の教育問題などが原因となっています。
「週末父母」というのは親が共働きをしているため、子供が祖父母のもとで暮らす形態をとり、週末だけ親と一緒に過ごす家族を指します。
これらの背景には受験偏重の教育や乳幼児の託児施設の不足という現実があります。

■韓国社会

韓国社会は「家門」の意識が強く、血縁を重視し、子供は父親の姓を名乗るのが普通で、夫婦は別姓です。婿養子制度はありません。
韓国では血筋を受け継ぎ祭祀(じぇさ:法事)を行って家系を守るのは(長)男とされてきました。これが男児選好が後を絶たない大きな理由になっています。
戸主制度があり、これを違憲として意義を唱える立場もあります。

韓国の各「家門」には「族譜」(ちょくぼ)というものがあります。
朝鮮時代の支配層の間では有力両班(やんばん)氏族の一員であることを具体的な系譜関係で示すことが要求され、族譜が社会的な地位の根拠として重視されていました。そして今も刊行されています。
族譜とは父系を中心として血縁関係を図表式に記した種族の系譜です。

韓国の姓は270あまりあるといわれ、その中で金、李、朴、崔、鄭の5姓は5大姓といわれ、韓国全体の人口の約半分を占めています。
同姓であるということだけでは父系の同族である意識はありませんが、同姓でさらに祖先の出身地を示す本貫も同じであれば(金海 金、全州 李など)父系血縁関係にあるという同族意識を共有してきました。

民法には同姓同本不婚規定があるために(809条)戸籍には姓とともに本貫を記載し、同姓同本である場合には結婚届けは受理されませんでした。それを2000年の民法改正で父方または母方の8寸(高祖から高孫にいたるまでの直系または傍系の親族)以内の血ある場合のみ結婚できないようになりました。

韓国では離婚に対してまだ否定的な態度をとる人が多いものの不幸な結婚を続けるのはむしろよくないという考え方も増えはじめ、離婚率も上昇しています。

韓国においてもっとも基本的な人間関係は父系血縁です。
父子関係から発生する父系血縁はその親密さは代が変わるにつれ少しずつ変わりますが、四代まではチバン(漢字で書くと「家内」になる)として近親扱いになります。


今日の地域社会は昔のような共同体としての性格や地域性を急速に失っていますが、今現在韓国の社会で地域共同体的要素をもっているものを挙げれば、自生的なものとして「契」を、行政的な性格の緩やかな組織として「班常会」をあげることができます。

韓国社会の中には「契」と呼ばれる多数の任意集団が形成されています。
大勢の人が一定の目的のために定額の金銭、穀物などを出し合ってそれを互いに利用しながら運営していくものです。
こうした「契」は一般的には契の日に定められた契金、穀物などを出し合い順番が回ってきたものが所定の金銭または品物を受け取る仕組みになっています。

こうして、全員が融通を受けた時点で解散するのが普通です。とくに都市における婦人達の金融契はその普及度と資金額において庶民の家庭生活と事業経営にとって最も身近で有効な短期融資の手段として重宝されています。契は常に友人間の親睦をはかるという側面をもっているので「同じ契員仲間」ということは「最も親しい仲間」「信頼できる友人」という意味合いをもっています。

班常会(ばんさんふぇ)というのは 「韓国の行政組織の末端にある班を構成する人々の毎月定期的な集まり」をいいます。
政府の行政方針など行政上の公示事項を知らせたり住民の意見を反映し、お隣同士が助け会う集まりです。

■娯楽

韓国で最も人気のある球技は野球とサッカーでしょう。
しかし、バスケットボールもプロチームがあるなど日本に比べると人気のあるスポーツであるといえます。韓国で人気のあるスポーツと娯楽の最近の変化を概観して見たいと思います。
球技の外にプロスポーツとしてはボクシング、レスリング、シルム(相撲)などがあります。

娯楽的なスポーツとしては登山と釣りが非常に盛んです。
登山の場合、ソウルの郊外に名山が多いので、週末には登山客の列が春夏秋冬を問わず、絶えることがありません。釣りの人口も数百万人に達するとも言われています。
野遊びは古来韓国人が最も好んできたもののようです。それは雨の少ない天気と楽天的な韓国人の気質によるところも多いようです。この野遊びは今は団体観光に変わっています。どこの国でも同じだと思いますが、シーズンになると、特に週末には観光名所はどこも満員の状態になります。

その団体観光に一つ韓国独特のものがあります。「孝道観光」というものがそうです。
韓国映画の歴史
●最初の韓国映画:
  1919年10月27日、金陶山(きむとさん)監督の『義理的仇討』を団成社で初演。しかし日本の連鎖劇 の影響を受けたものでまだ演劇の付属物のようなものだった。
1923年、ゆん尹べくなむ白南の貯蓄を奨励する啓蒙的な内容の『月下の誓い』が本格的な韓国映画の一号といわれている。

●無声映画全盛期の羅雲奎(なうんきゅ)監督:
  『アリラン』(1926)『愛を求めて』(1928)『唖のさむりょん三龍』(1929)など多くの名作を残す。『アリラン』はそれまでの映画が新派だったのと違って民族的リアルリズム的な傾向の映画であった点でも大きな意義をもつ。また、テーマ曲として用いられた「アリラン」が全国に広まる契機にもなった。無声映画時代には弁士が内容を理解するのに絶対的な役割を果たした。

●発声映画の登場:
  1935年のイピルの『春香伝』を始めとして発声映画が登場し、内容的には啓蒙的な性格を帯びていた。1940年「朝鮮映画令」により映画の制作、配給は勿論映画関連業界に就職することまで許可をもらうようになってから全昌根(じょんちゃんぐん)の『福地万里』(1941)を最後に植民地民族のための映画は影をひそめた。

●朝鮮独立後:
  1945年の日本からの解放とともに映画の全盛期を迎えることになる。『自由万歳』など抗日闘争史を素材とする映画が多く作られた。政府樹立後は『心の故郷』などのメロドラマやアクション、娯楽映画が多く作られたが1950年の朝鮮戦争で再び暗黒期に入る。

●50年代:
  休戦(1953年〕後映画制作のブームが渡来。「国産映画に対する免税措置」が行われる。李圭煥(いきゅふぁん)の『春香伝』(1955)が10万の観客を動員。時代劇やメロドラマが人気を集めた。また、朝鮮戦争を題材とした戦争映画、反共映画が多く作られた。

●60年代:
  1962年1月、法律第995号で韓国最初の「映画法」が作られた。その内容の核心は「韓国映画の保護と育成」だが、映画検閲の強化し、映画の内容を規制する装置としても働いた。1965年制作された『7人の女捕虜』は反共方違反で監督が拘束されることになった。映画の内容は朝鮮戦争中北朝鮮軍の捕虜になった看護将校7人と彼女たちを護送する北朝鮮軍将校の人間的な信頼関係を通じて北朝鮮の将校が国軍に投降する過程を描いたものだが、脱出する国軍の捕虜たちが北朝鮮軍に向かって敬礼をする場面が特に問題となった。このような状況でメロドラマが人気を集め、『憎くてももう一度』は代表的な作品で続編の制作や似たような内容の映画が多く作られた。

●70年代:
  1973年の第4次映画法改正により映画が量的質的に低下。台本および実写検閲により社会的リアリティーを実現させる作品はほとんど制作できなくなる。その結果、ホステス物、国難を克服した独立闘士や反共映画、啓蒙映画が多く制作されるようになった。 ホステスを主人公としている『星たちの故郷』は多くの観客を動員したが、産業社会の影にいる多くの風俗嬢の共感を得たと言われている。

●80年代:
  70年代の統制政策から解放され、映画の題材や表現の領域が広くなった。リアルリズムの回復と真剣な作品の制作をベースにしながら、映画の検閲が緩和されることによってエロティシズム的なメロドラマが現れるようになった。そのほか時代劇と宗教映画の制作も新しい傾向の一つである。 林権澤(イムクォンテク)の『曼荼羅』は河明中(みょんじゅん)の『てんびょっ』ベチャンホの『深く蒼い夜』など芸術性と娯楽性が共存する映画が多く制作された。

■90年代以降の韓国のヒット映画

●1993年 林権澤(イムクォンテク)監督の『西便制−日本公開タイトルは「風の丘を越えて」』
  230万人の観客が入り、初めて観客100万人以上を記録した韓国映画。全羅道を背景にパンソリの歌い手一家の2代に渡った哀歓を描いている。

●1997年 『接続』 (観客数67万5000名)
  過去に執着して現在とは距離をおいて生きていく男と片思いで自分だけの感情の中に隠れていた女がコンピューター通信という閉鎖的な媒体によってむしろ真の会話を交わし、愛し合っていく過程を描く。

●1998年 『シュリ』(ソウル243万、全国580万)
  秘密情報機関の特殊要員が北朝鮮の特殊8軍団のテロ陰謀に立ち向かって戦うというストーリ。ハリウッドのアクション映画に負けない迫力に愛と裏切り、ミステリー記法を盛り込んで日本でもヒットした映画。

●2001年『チング:日本公開タイトル「友へ」』:(観客数:ソウル261万、全国818万)   『JSA』が持っていた最多観客動員(ソウル251万2525名)の記録を破る。成人になってそれぞれ違う道を歩む友たち4人の友情を描いた成長映画。

■ 90年代以降の韓国映画躍進の原因

才能ある監督たちの登場があげられます。例えば、1998年に公開され、批評家からも観客からもいい評価をもらった『8月のクリスマス』『静かな家族』『女子高怪談』『美術館の隣の動物園』『あきれた男たち』はすべて新人のデビュー作でした。また、韓国映画専門配給社の出現、スクリーンクォタ 制の効果、若いプロデューサたちの企画力、制作費の規模の増加などの要因があいまって『シュリ』『JSA』は韓国映画に自信を与えた決定的な切っ掛けになりました。

■現在の韓国映画の課題 ⇒ 映画の質と多様性

組織暴力団を素材としている映画『チング〔日本公開名:友へ〕』、『組暴妻』『新羅のダルバム』『だるま,遊ぼう』『頭師父一体』の2001年度観客動員数は2,200万名で2001年度韓国映画観客全体の55%を占めています。この5本の映画を除いて考えると韓国映画の市場占有率は30%未満に下がります。類似した素材の繰り返しに頼る傾向があります。そういった意味で、最近多くの観客に共感を呼んでいる「チブロー家へ」は低予算、スターシステムの排除、脱組暴といった面で新しいくて多様な映画製作の引き金になり得るかもしれません。

■韓国で開かれる映画祭

・釜山国際映画祭:
1996年から始まりました。毎年9月に開かれます。イベントプログラムは「アジア映画の窓」「新しい波」「韓国映画パノラマ」「ワールドシネマ」「ワイドアングル」「オープンシネマ」「特別企画プログラム」の7つの部分からなっています。基本的には非競争映画祭であるが、「新しい波」だけは競争プログラムです。

・富川国際ファンタスティック映画祭
1997年から始まりました。毎年7月〜8月に開催されます。韓国の映画を世界に知らせることと低予算及び独立映画の国際的なメッカを目指して市民が中心になる祭りとして企画されました。テーマは愛と冒険とファンたジーです。映画が好きな人なら誰でも参加可能です。