| 作品名 |
物語 |
DVDソフト |
| 姿三四郎 |
明治15年、姿三四郎は修道館の柔術家・矢野正五郎の人徳に打たれ、その門下生となる。矢野の下、修練を積み柔の道を邁進する三四郎は、やがてめきめきと頭角を表すようになり、他流派の猛者からもライバルと目される存在になっていく。折りしも時代は、旧来の柔術と新しい流派のせめぎ合いが激しくなってきた頃。厳しい戦いと修行を重ね、三四郎は大きく成長していく…。戦時下という特殊な状況の下で撮影されたにもかかわらず、大ヒットを記録した黒澤明監督の記念すべき初監督作品。撮影前に柔道の稽古から始めたという俳優陣の奮闘、そして映画の核となる格闘シーンを見事な構図と迫力あるカメラワークで捉えた黒澤の演出により、見応え充分の一級の青春娯楽活劇に仕上がっている。中でも三四郎と宿敵・檜垣との一騎打ちは必見だ。
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| 一番美しく |
太平洋戦争の敗色濃厚な昭和19年、軍需工場である平塚のレンズ工場で、女子挺身隊の少女たちが、献身的に増産のため働いていた。ある日彼女たちは、臨時増産計画の割り当てが男子より低いことを不服とし、女子の割り当てを増やすよう工場に掛け合う。女だからと甘やかされたくない、と…。戦時中に製作・公開された、黒澤作品には珍しい若い女性の集団劇。工場で働く少女たちをドキュメンタリーのように撮りたい、という黒澤の要望で、女優には劇中と同様の生活を送らせたという。後に続く黒澤作品のリアリティの萌芽が顕著に見られる一作である。後に黒澤夫人となる、矢口陽子が出演している。
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| 続 姿三四郎 |
檜垣源之助との死闘の後、長い旅に出ていた三四郎が修道館に帰ってきた。一方、右京が原での三四郎との闘いに破れた源之助は、ずっと病に伏せていた。檜垣の弟・鉄心と源三郎は復讐に燃え、三四郎に挑戦状を渡して去っていく。しかし、師匠の矢野は三四郎に他流試合を禁じていた…。終戦間近の1945年5月に公開された、大ヒット娯楽青春映画の続編。富田常雄の小説を原作としながらも、黒澤監督自らによる大胆な脚色により、新たな魅力を持った青春映画に仕上がっている。真冬の志賀高原ロケで主演の藤田が裸足で熱演した、雪中の大立ち回りは大きな見どころだ。
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| 虎の尾を踏む男達 |
源平の合戦が終わり、源氏は勝利を収めた。すると平家を打破った頼朝は、民衆に人気の高い弟の義経を疎んじるようになる。やがて兄に追われる身となった義経は、奥州平泉の藤原秀衡を頼って落ちのびようとする。わずかな供の者を連れ、義経は逃亡の旅に出るが、頼朝は国中の至るところに新しい関所を設け、厳戒態勢を敷いて義経を捕えようとする。忠実な家来・弁慶の機転で一行は山伏のいでたちに、義経は身分の低い剛力に姿を変えて関所を越えてきたが、北陸道、安宅の関守・富樫は手強い男だった…。歌舞伎「勧進帳」をベースにした、黒澤監督唯一のミュージカル作品。ストーリーは元々のシリアスな内容をコミカルにアレンジ。原作の長唄の詞の一部を、邦楽風アレンジの洋楽にリメイクして合唱として使うなど、音楽的にも歌舞伎のパロディ的要素をたっぷり盛り込んで画期的な作品に仕上げている。狂言回し役の"エノケン"こと榎本健一がいい味を出している。
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| わが青春に悔なし |
1933年、京都帝国大学教授である八木原教授の娘・幸枝は平穏で恵まれた毎日を送っていた。教授の下には多くの学生が出入りしていたが、その中に野毛と糸川という二人の青年がいた。野毛はがっしりとした体つき、粗野で一本気で不器用な男。対照的に糸川は、真面目だが日和見で、世渡り上手なタイプだった。やがて、満州事変以降の軍国化の流れが幸枝の下にも押し寄せ、平和な日々が終わりを告げる時がやってきた。八木原教授は左翼の烙印を押され、教壇を追われてしまう。そして、抗議活動に身を投じた野毛は投獄されることに…。京大事件とゾルゲ・スパイ事件をヒントに作られた作品。日本人の"自我"をテーマとした、黒澤の熱いメッセージが込められた一編である。帝国主義に果敢に立ち向かうヒロインを、原節子が熱演。その生き生きとした美しさは、まさに"永遠の銀幕のスター"の輝きを放っている。
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| 素晴らしき日曜日 |
敗戦直後の日本。雄造と昌子の貧しいカップルは、雨の日曜日に街へと繰り出した。だが、焼け跡も生々しい街をゆくうち、冷たい現実に2人のささやかな夢は次々と打ち砕かれる。惨めな気持ちに陥った二人だったが、やがて人気のない野外音楽堂で、二人だけのコンサートが始まり…。
D.W.グリフィスの無声映画「恋の馬鈴薯」をベースに、戦後の貧しい男女が希望を捨てずに夢をつかもうとする姿を、ある一日を通して生き生きと描いている。脚本を手がけたのは、黒澤監督の小学校以来の親友・植草圭之助。戦後の荒んだ現実を真正面から見据えた描写、無名の二人を主役に起用し初々しさを引き出した演出は見事。また、クライマックスで中北千枝子扮する昌子が客席に向かって「拍手をお願いします」と呼びかけるシーンは、日本国内よりもむしろ海外で高い評価を受けた。
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| 酔いどれ天使 |
闇市そばの汚いドブ池の近くに、飲んだくれの医師・真田がやっている病院があった。その病院に、闇市を仕切るヤクザ・松永が銃創の手当てにやって来る。ところが松永には結核の疑いがあり、真田がレントゲン写真を撮るように言うと、松永は怒って飛び出して行ってしまう。真田は彼の後を追うが、松永は取り合わない。だが、病の恐怖が松永の心を次第に荒ませ、松永の親分・岡田の出所で彼の立場がないがしろにされるようになると…。戦後日本の、混沌とした社会の象徴である闇市を舞台に、肺病を病むヤクザとアル中医師というはみ出し者同士の真剣なぶつかり合いを通して、この時代の風俗を鮮やかに描いた力作。黒澤明が惚れ込み、以後、黒澤作品で重要な存在となった三船敏郎との、運命の出会いとなった作品である。三船のエネルギー溢れるようなギラギラとした存在感は圧巻だ。
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| 静かなる決闘 |
若き医師・藤崎は、従軍先の野戦病院で手術を行った際に、誤ってメスで指先に傷を負ってしまい、梅毒に感染する。やがて終戦を迎えて帰国した藤崎は、父親が開いている病院に復帰。治療が難しい梅毒を抱えた藤崎は、婚約者の美佐緒にそのことを隠して、ひそかに自分で治療を続ける。そんな藤崎の行動を見て、父親や美佐緒、病院の看護婦たちは何を隠しているのかといぶかしがるのだが…。不治の病に感染した医師の苦悩を描く、普遍的なヒューマン・ドラマ。監督は「羅生門」や「七人の侍」など、世界的にも評価された名作を多数手がけた黒澤明。東宝の黒澤明が、初めて他社で演出した作品でもある。葛藤する青年医師を「酔いどれ天使」のヤクザ役から一転した三船敏郎が鬼気迫る演技で熱演している。ヒロインの美佐緒を演じるのは、当時の大映の若手スター・三條美紀。「酔いどれ天使」でも好演した千石規子がここでも味のある演技を見せている。
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| 野良犬 |
警視庁の新米刑事・村上は、射撃訓練の帰り道、満員のバスの中でひったくりに拳銃を奪われてしまった。拳銃には五発の実弾が装填されていた。村上はすぐに犯人を追ったが、路地裏で見失ってしまう。直ちに非常線が張られ、村上もまたスリ科の老刑事・佐藤と共に捜査を始める。だが、奪われた拳銃を使って殺人事件が起こる。二人の刑事が犯人を追う中、犯人は奪った拳銃で更に殺人を重ねていく…。日本映画に"刑事もの"という新しいジャンルを確立した作品。異様なエネルギーが充満する戦後日本の猥雑な風景の中、同じ境遇にありながら、正反対の道を歩まざるをえなかった二人の男の姿を描いている。激しい対決シーンの映像に対照的な静かな音楽を流すなど、当時としては非常に斬新な演出も話題になった。
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| 醜聞(スキャンダル) |
青江一郎は、特異な画風とバイクの愛用で注目を集めている新進の青年画家だった。ある日、伊豆の山麓で絵筆を取っていた一郎は、静養に来ていた美貌の声楽家・西条美也子と旅館で話し込んでいたところを、写真雑誌「アムール」に撮られてしまう。出版社の思惑により青年画家と美人声楽家のスキャンダルとして報道されてしまった一郎は、激怒して雑誌編集長を訴えることに決める。一郎の弁護士に名乗りをあげたのは、病気の娘を抱える蛭田だった。一郎は蛭田に自分の弁護をまかせるが、蛭田のもとに出版社側が金をちらつかせながら近づいて来て…。黒澤明の第1回松竹監督作品。言論の自由と低俗ジャーナリズムの狭間に生まれる問題を、黒澤独特のヒューマニズムを交えながらも、正面から斬っている。青年画家・一郎に扮するのは三船敏郎。弁護士・蛭田役の志村喬が存在感のある見事な演技を見せている。また、蛭田の娘役・桂木洋子の可憐な姿も見逃せない。
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| 羅生門 |
平安時代。都に向かう旅の途中にあった侍とその夫人が、盗賊に襲われる。盗賊は夫人を犯し、侍を殺害。やがて事件は、都の検非違使によって調査されることになるが、盗賊と夫人の言い分は真っ向から対立。検非違使は霊媒師の口寄せによって侍の霊を呼び出して証言を求めたが、その言葉もまた、二人の言い分とは違っていた。事件の真相は"藪の中"
に消えてしまうように思われたのだが…。日本映画を世界に知らしめた記念碑的作品で、「七人の侍」と並ぶ黒澤明の代表作。芥川龍之介の「藪の中」を基に橋本忍が脚本を書き、そこへ同じく芥川の「羅生門」の要素を加えて完成させた。光と陰のコントラストを巧みに使った宮川一夫による煌めくような映像、三船敏郎・京マチ子・森雅之らの絶妙なアンサンブル、黒沢明のダイナミックな演出が渾然一体となった傑作である。ヴェネチア国際映画祭では、グランプリ(金獅子賞)を受賞した。
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| 白痴 |
戦争体験のショックにより、純真無垢な青年・亀田欽司は「白痴」と呼ばれる病気になってしまう。傷心のまま復員してきた欽司は、故郷の札幌に向かう船の上で資産家の跡取り息子・赤間伝吉と知り合い、那須妙子の写真を見せられる。その美しさに欽司も胸を打たれるが、妙子はすでに何年にも渡って有力な政治家の妾になっている女だった。伝吉も妙子に熱を上げていたが、妙子は60万円の手切れ金とともに、別の男のもとへ嫁ぐことが決まっていて…。巨匠・黒澤明がドストエフスキーの同名小説を、舞台を終戦直後の札幌に移して映画化。妙子役を原節子、白痴の青年・欽司を森雅之が演じ、伝吉役の三船敏郎とともに壮絶な愛憎劇を繰り広げていく。公開当時は「難解」と評されたが、今見れば少しも難解ではなく、優れた心理描写によって描かれた質の高い人間ドラマ、との評価が妥当だろう。原節子と久我美子の共演シーンなど、オールド・ファンには堪らない場面も多数散りばめられている。
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| 生きる |
市役所の市民課長・渡辺は、入所以来無欠勤の模範的な公務員だが、これと言って何もしないまま30年を勤め上げようとしていた。そんなある日、渡辺は自分が胃ガンで余命幾ばくもないことを知る。妻とは早くに死に別れており、息子にも冷たくされ、彼は絶望と孤独に陥る。そして、自分の人生の意味を考え、残りの短い人生を少しでも市民の役に立つことに使おうと思い立つ。それからというもの、渡辺は小さな公園の建設に情熱を注ぎ、奔走するようになる…。死に直面した男の生き様を通して、人間の真の生きがいとは何かを世に問うたヒューマン・ドラマの傑作。この作品を黒澤監督の最高傑作にあげるファンも多い。主人公を演じた志村喬は、この作品で名優として世界中から知られることとなった。特に志村がブランコに乗って「ゴンドラの唄」を口ずさむシーンは、映画史に残る名場面として知られている。1953年度ベルリン映画祭銀熊賞受賞。
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| 七人の侍 |
時は戦国時代。山間の農村に住む農民達は不作に喘いでいた。その上、付近の野武士達が野盗化し、収穫の時期になるとわずかな食料を狙って襲ってくるのだった。ついに追いつめられた村人達は、侍を雇って戦うことを決意する。貧しい彼らが与えられる報酬は「飯を腹一杯」。庄屋を襲った盗人を退治した腕自慢の勘兵衛は、村人達に懇願され侍探しを始める。そして勘兵衛を含めて五郎衛、平八、勝四郎、七郎次、久蔵、菊千代の七人の侍が揃った。勘兵衛たちは村に柵を巡らせ、農民達に訓練を施して野盗たちの襲撃を待ち構える…。後に世界中の映画人に大きな影響を及ぼし、「荒野の七人」など海外の様々な作品の元にもなった黒澤明の代表作の一つ。迫力ある戦闘シーンの一つ一つが輝きを放つ、傑作時代劇である。三船敏郎を始め、七人の侍それぞれのキャラクターを生き生きと演じる志村喬、宮口精二、木村功、千秋実ら俳優陣も素晴らしい。また、所々に織り込まれたユーモアやヒューマニズムも黒澤映画ならではの味わいを醸し出している。ヴェネチア映画祭銀獅子賞受賞。
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| 生きものの記録 |
工場を経営する中島喜一は、ある日突然、異様に核の恐怖に怯えるようになる。思いつめた彼は、全財産を売り払って、家族全員でブラジルに移住しようと計画する。南米なら放射能から逃れられると考えたのだ。しかし、原・水爆の恐怖が他人事としか思えない家族は大反対。ついには家族によって、中島は準禁治産者の認定を裁判所に申し立てられてしまう。やがて申し立ては承認され、財産は全て家族に取り上げられる。激しいショックを受けた喜一は、追い込まれ…。現代社会が晒されている危険を見事に浮き彫りにした、黒澤明の社会派映画。当時35歳の三船敏郎が、髪を白く染め、特殊メイクを施して初の老人役に挑戦。見事に孤独な老人を演じ切った。興行的には失敗に終わったが、今もって心を突き刺すようなメッセージを見る者に与えてくれる傑作社会派ドラマである。
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| 蜘蛛巣城 |
時は戦国時代。蜘蛛巣城の城主・国春に仕える武将・鷲津武時と三木義明は、謎の老婆からある予言を聞く。それは「武時はやがて城主になれる」という驚くべきものだった。鷲津は妻・浅茅にそそのかされ、主君である国春を殺害してしまう。鷲津は予言通り城主となるが、更に浅茅は三木をも殺すよう鷲津に迫るのだった…。シェークスピアの悲劇「マクベス」を日本の戦国時代に舞台を変えて描いた作品。抗えない人間の深い業を、幻想と恐怖の中で描いている。映像技術の素晴らしさ、ダイナミックかつ繊細な黒澤演出の素晴らしさが結実し、見事な作品に仕上がっている。能を取り入れた音楽と、映像の幽玄性のマッチングも大きな見どころとなっており、海外でも高く評価された。
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| どん底 |
江戸時代、日も当たらない場末のとある貧乏長屋。そこには、鋳掛屋や夜鷹、飴売り、お遍路、遊び人に泥棒まで、さまざまな人々が暮らしていた。彼らはそれぞれの事情でここに流れ着き、その日暮らしのどん底生活を送っていた…。同タイトルのゴーリキーの名作戯曲を翻案し、長屋に住む貧しい庶民の話に置き換えた骨太な人間ドラマ。黒澤監督独特の、複数のカメラを回し、役者に演技を中断させずに一気に撮り上げる"マルチ・カム方式"による演出が頂点を極めた作品となっている。山田五十鈴の凄まじいまでの演技、左ト全の飄々とした演技など、出演者の見事な演技も見どころ。また、本作で黒澤映画デビューを果たした香川京子の初々しさも必見である。
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